半側顔面痙攣を乗り越えて
寄稿者 小林様
私の場合のボトックス治療
この病名を聞くと震えが来るほど辛かったあの当時を思い出さずにはいられません。
来る日も来る日も夜も昼もズンズンという太い神経が常に痙攣を起こした感覚とキノコのエリンギを噛んだときの弾力のような感覚、そして皮膚のごく浅い神経がピリピリとした感じが交ざる。最初のうちは目の回りだけだったものが顔全体の変形、深部と浅部の2種類の痙攣と混在し最悪でした。
ある日、ボトックス注射の治療法を聞き付け専門医を尋ね当て治療を受けました。1回目の目のまわりへの注射で顔がマヒして感覚が無くなるような感じでしたが、痙攣はとりあえず止まり、こんな幸せなことはないと思ったものです。しかしこの効果は3ケ月しかなく、目の回りへの十本もの注射は恐怖と苦痛を伴いうことを一度目で思い知らされしているので、本当に耐えに耐えて2回目の治療を受けました。ところが、私の場合2回目は、神経伝達がブロックされて筋肉がダレッとした感じになっただけで痙攣は止まらず、首筋からこめかみにかけてのズンズンとした感覚は逆に一層鮮明になってきました。
「自殺したいと思ったことはないか」と質問されたことがありますが、休む事なく延々と続くこの痙攣は果てしなく一生続くのかと思う瞬間、自分の人生が自分のものでなく生
きている実感が薄れているような感覚というか、死に直面したときの覚悟の感覚はこんな感じかなと思ったことを思い出します。
私の場合、30年も前の頚椎ヘルニア、頚肩腕症候群が顔面痙れんの基礎
私には腰痛で40年苦しんだ姉がいて、不思議な縁で出会った整体玄震でグングンと腰痛が良くなった話を聞き、もう一昨年になる暮れも押し詰まった12月27日紹介を受けました。1回目の整体でものの数分でしたが痙攣が自力で止まったのです。頭の中も顔の中も痙攣自体も軽くなった感じに「もしかすると」という希望が泉のように沸く感覚を覚えました。
それからお正月の休業を待ち切れない思いで連日すがるように通院した。不思議なことに整体玄震では、私の若いころ電話交換手をやっていて頚肩腕症候群で悩んだこと、根を詰める性格であることなどを言い当てられました。そうしたことがこの半側顔面痙れんの下地になっていると説明された。事実、顔の痙攣もさることながら慢性化してこりの自覚が無かった右肩、右腕、脇腹などが楽になり、顔を手のひら砲むようにしながらの頭蓋骨の調整を受けると、えも言われぬ気持ち良さが痙攣部分に届いた。
「顔の痙攣は顔の部分だけの問題ではなく腰痛だったことや肩凝りだったことなど、全身のゆがみの結果です。」といわれ、古傷をえぐるようにその部分が取り除かれて行く。
腰を整体されれば25年前腰の椎間板がヘルニアになっていて、手術の一歩手前と診断されたことを思い出す。「もう少しひどくなったら手術しましょう」と言われていた。それ以上には悪化しなかったため手術はしなかったがずっと腰痛で苦しんでいました。その腰痛からウソのように解放されたのです。
首と言えば10年前、首が回らず、顔を上に向けることすらできない。夜30分おきに激痛が走り一睡も出来ない日が続いたことを思い出す。指一本動かしても痛い。頸椎ヘルニアと診断された。病院で治療といえば首を牽引するだけでした。しかもこの牽引をすると一層の激痛に襲われ調子が悪い。次第に病院に行かなくなり、諦めるようになりました。
整体玄震では不思議である。首の整体ポイントをOリングで丁寧に探し、治療そのものは指先で2回ぐらいポンポンと弾くようにたたいただけ。信じられないことですが首の痛みからウソのように解放されました。
腕と言えば前述したように電話交換手をやっていて頚肩腕症候群で悩んだことも思い出す。ぞうきんは絞れないし、腕は上がらない。気力も出ない。頚肩腕症候群とも腱鞘炎と診断された。指までコロコロに腫れ上がりちょっとでも触れると飛び上がるほど痛い。この腕はもちろん振り回すことも出来るようになったし、今ではビンの蓋が開けられるまでなった。
1月も終わりごろ、「先生、顔面痙攣も軽くなってきて嬉しいけれど腰痛や首などがよくなって、おまけが嬉しい。」というと
「本業です。」と言われて、「妙に、そうか。」と思った。
リハビリにも最高。スペースアカシャ特製プログラム
「ピンコロ体操」で全身の調整。
一回2時間の施術があっと言う間に過ぎる。毎回確実に症状に変化が起き、改善の手ごたえを感じた。一年を経過した今年のお正月は大好きな書道に没頭し、書き初めを行い、
3月の展覧会には出品できた。夢のようである。また、他人の世話を焼く心のゆとりができるまでになれた。
すばらしい人と出会い、分かち合いたい体験と喜び。57年の人生を振り返りつつ、私は第2の人生を歩み始めている。

スペースアカシャ(整体玄震)でこころの癒し
投稿者 佐藤美智子 様
全身の痛みが消え、心が広く明るくなり、耳つぼダイエットで体重も11キロ減。何も変わらない日常ですが、健康に生まれ変わった感じで毎日楽しい!
Oリングチェックで整体ポイントを探す不思議なテクニック
スペースアカシャはどこへ行っても治らない腰痛で悩んでいるとき生命保険の外交員の人から紹介された。それほど期待もしていなかったのだけれど、「気持ち良ければいいか」ぐらいのつもりでお世話になることにした。
私の生活の一部となるほど深くお付き合いするとは思ってもいなかった。
1回日の整体で長年苦しんでいた腰痛がほとんど消えたのです。うつ伏せに寝ていると押して欲しいところを的確に、そしてちょうどいい強さで押してくれるのが「どうして判るのだろう」と不思議で仕方がない。Oリングというものを使うらしい。
穏やかでなんとも居心地のいいスペースに心を許し、ふと心につかえて忘れられない思い出を話すと「あ、それストレスで体が歪む原因にもなっているかもしれない。」と言って筆で何かさらさらと書いたものを背中に貼ってくれました。すると瞬時に体全体が軽くなるような、視界が明るくなったような、そんな感じになりました。
スペースアカシャの織田先生は僧侶でもあり、愚堂会という観音巡礼の先達も行っているのです。また、目に見えないエネルギーの存在や活用法を話し合うOリング健康サークルと言うのがあるのですが、そこに参加すると神仏の力の存在も良く判るようになったのです。今思えば観世音菩薩のお札を作って癒してくれていたのだと判りましたが、当時は私が驚くといけないという先生の配慮から、さりげなくさっとやっていただけたのだそうです。
最近、お経も読めない私ですが巡礼に連れて行ってもらいました。どことなく安らぐ雰囲気をもつお客様たちと利害関係無しの人生を語り合う楽しい一時に、また新しい自分と出会えるのを実感しているこのごろです。

耳つぼダイエット
投稿者 佐藤美智子 様
腰痛など急場の悩みは収まったある日、「体質改善をしてすこし痩せようか。」と提案が有りました。当時の私は身長147pと小柄なのに体重は73kgと超肥満に入る状態でした。
何をやってもダイエツトに失敗してきた経験上あきらめてはいたものの、それまでにいくつもの奇跡のような施術の体験を経過してきた私にとって、ここの先生が「ストレスになるほどの食事制限をしなくても良いこと、しかもやつれるようなことも無く必ず痩せる」と言うのだったらまず信じてみようと思って始めたのでした。
目標を10キロ減としたところ、「3ケ月以上かかるかもしれないけれど倍の20キロ痩せましょうと提案された。」夢のまた夢という数字である。
耳つぼダイエットを初めて1週間、2週間、と過ぎるうちに、あれほど好きだったお菓子の類いがそれほど食べたいと思わなくなり、食事も今までの半分ほどで満足感が得られる。ここで食べ過ぎないようにだけを注意すれば良いとのことである。白分でも食生活が替わっていくのが判る。
グラフにすると驚くほど良く判るのですが、体重が2キロ痩せた時、その中身を見ると体脂肪のみ2キロ痩せている。つまり、体脂肪のみを狙い撃ちして痩せてきているのが判るのです。そして、感覚としては全身が軽くなった感じ、日常がどんどん楽になっていくのが実感できるのです。
始めてからまる4ケ月経過した現在、11キロの痩身に成功しました。「本当にストレスの無い食生活でこんなふうにらくらく痩せることができるなんて」、と何をやっても痩
せなかった日々を思い返している今日です。

捻挫
三鷹市 S.H 72歳 女性
先生との巡礼を始めてからだから、お付き合いはもう3年になります。坂東・秩父・西国・四国と一緒に回りました。ある日、ひどい捻挫をしてから20日間も歩くことはもちろん、トイレにも座布団を滑らせて座ったままでなんとかたどり着く始末。付き添いを頼んで病院へ連れて行ってもらうのですが湿布をくれるだけの状態が続いていました。
それは一人住まいである私にとって、台所へも立てずヘルパーさんを頼んで乗り切るという、それはそれはとても難儀をしていました。
月に一回の巡礼の日を2〜3日後に控えて「これじゃあ行けないわ。」とあきらめて不参加の旨を伝えると、私の家の近くに用事があるとの事で立ち寄ってくれるというのです。
申し訳ないような、嬉しいような。先生はスタッフの伊達さんと尋ねに来てくれた。
今までに見たこともない方法でした。優しく、そして治って行く予感がする心地よい痛み。2時間ほど私の足の捻挫を治してくれていた。そして、「立ってごらん。」と言われた。「いくら何でも20日間立てなかったものが2時間ぐらいで。」と思ったが試しにという事で恐る恐る立ってみる。
「何ということでしょう。痛みは残るものの、立って歩けるではありませんか。」これなら「トイレぐらいは立って行ける。」心より感謝した。
その後、竹ノ塚の整体院まで通うことになった。目的は足の完治と猫背直しである。月に1〜2度なのですが、全身に関係あるらしく全身の整体をしてくれる。すると、肩こり、肩の前部への巻き込み、首の痛み、腰痛、足の痛みと全身が軽くなり、猫背もずいぶん良くなりました。栄養素の食事指導も効果が実感として分かります。目の白内障も完治していると言われ、全身の筋肉に力が湧いてくる感じです。
今、わが家では歩いて40分ぐらいのところに深大寺があってそこまでの往復を歩き、お寺で和尚さんと午前中のお勤めに参加するのが日課。歩けることの幸せと助け合う人と人とのめぐり会いの幸せをかみしめています。

主人の捻挫
投稿 佐藤美智子 様
ある日、主人が足首を捻挫をしてトイレにも這っていくほどのひどさ。通常では2〜3週間は湿布などで痛みと格闘しなければならないと思いつつの出張治療を御願いしたところ、助手の方3人で来てくれました。「炎症を起こしているところにふれる場合、絶対間違えてはいけないんだ。」と言いつつ、Oリングでポイントを正確に正確に何度も何度もチェックしながら、手のひらで包むように整体していく。そして2時間ほど経過すると、なんと体重はかけられないまでも立って歩けるまでになったのです。不思議でした。
主人は次の日から2日間の連続整体を受け、3日目には完治していました。「仕事仲間にオーバーな人だ、と言われて弁明に苦しい。」というのです。「なぜかって? だって3日前トイレに這うほど痛がっているのが3日で普通に歩けるようになるわけがない」と信じてもらえないらしいのです。

外反拇趾
投稿 宇田川様 川口市青木 40歳
外反拇趾というとすぐ足の親指周辺を引っ張ったり、靴はどんなのを履いていますかなどと質問されるが、整体玄震では違った。腰の歪みが原因で太ももの外側、膝、足首を手のひらでつつみながら捩るように整体されると外反拇趾の痛みが消えた。
2〜3日後、外反拇趾の症状が強い足の反対側の鼠蹊部に腫れ物が出来た。病院に行ったが抗生物質が処方された。出来るだけ化学薬品は使いたくない気持ちがあったので相談すると天然の抗生物質ともいえる、コパイバというハーブを繰り返し塗ることと、体力不足ということで栄養をつけること、そして全身の整体をすることとなった。3日後、鼠蹊部の腫れが消えてから下半身はとても調子がよくなり体力も付いてきた実感がある。

顔のくすみと顎関節症
投稿 宇田川様 川口市青木 40歳
「体力不足・筋力不足の中、全身がゆがんでるよ」ということで全身の整体を受ける事となった。顔を手のひらで包むようにして顔の一部に静かな圧力が加わると顔全体が「くにゅ」という感じで動いた。そして後頭部の整体に入ったとき、下顎が横に引っ張られ顎の関節がコツンコツンと音を立てながら正常位置に戻って行く。「ちょっ、ちょっと。」私は顎関節症で大きい口を開けることが出来なかったのですが、でも、この感じは良くなると信じられる。
顔の骨の組み合わせの部分がクチャクチャになって正常位置に戻された感じ。最後にトルマリンのクレーでほてりを静め停滞した汚れた血夜を除くためパックしてくれた。
「顔の色もくすみが無くなって白い」「顔が軽い。」変な表現とは思うが素直な乾燥。
忘れていた自分を取り戻し「ああ、こんな時間が必要だったんだ」としみじみ感じた。

頭の変形が原因の慢性疲労
M・T君5歳
頭の後ろ側が絶壁というのは時折聞く話ですが、うちの子は頭の横側が絶壁になっていて、町を歩いていてすれ違う通行人が振り返るほど。顔も歪みお医者さんに連れて行ってもこれといった処置は無く、枕を代えてみてはというアドバイスであった。
頭の変形もさることながらいつも眠いといって元気がない。体質的に弱い子なのだろうと思っていました。それでも5歳なんだから一生これではかわいそう。何とか人並みにと思って地域のサッカークラブに入れてみたのですがいろいろ理由を付けて練習したがらない。病院へ行くときなど他の兄弟のめんどうをみてくれるおばあちゃんも心配してくれるが打つ手無し。半分あきらめの日々が続いていました。
ある日、子育てで疲れ果てていた私を見かねて友人が整体玄震を紹介してくれました。
「内臓下垂が起きているから慢性疲労が起きているのじゃないかな」などといって内臓を上げる施術を行ってくれた。みぞおちあたりがほんわりと暖かくなり、ほっとした気持ち、続いて沸き上がってくる元気が手に取るように判った。どこでも体験したことの無いやさしい施術でした。
「若いから早いね。この分ならお母さんは2〜3回でOK。それよりこの子の頭をなんとかしようよ。」「え!何とかなるんですか。」率直に言って言葉をうたぐった。今までどこの病院でも誰一人として治るというような希望のもてる言葉をかけてくれた先生はいなかったからです。
初めての整体に5歳の子供にとって緊張は仕方がない。しかし、体全体を見ながら全身の歪みと今後の方針を説明を受けた。先生が背中に触った瞬間「ああ、気持ちがいい」と言っていびきをかきながら深い眠りについた。その「気持ちがいい」の言い方がまるで『おやじ』で一同顔を見合せ、吹き出しそうになった。目覚めた後、スッキリとした顔で今までとは明らかに違う、跳びはねる子供の姿があった。
1週間後、先週、本当に気持ちが良かったのか「はやく整体やろうよ」と先生の手を引っ張ってベットに向かっていた。3ケ月程たったある日、頭の絶壁がかなり消え、顔も頭も丸みを帯びてきた。サッカーの合宿にも自分から行きたいと言い出した。食欲も旺盛で筋肉に力が付き、幼稚園でのかけっこも「だれにも負けないよ」ときらきらと答えている。
整体も「月に一度程度でもういいでしょう。」と言われた。
もし小学校に入っても以前のような様子だったら、おそらくいじめにあったりしただろうと思うと幼稚園のうちに調整されたことがとても良かったと恩える。幼稚園の先生も「この子のことは語り種になるわね」と一緒に喜んでくれている。

頭蓋骨矯正で容姿が美しくなり、若はげが治った
新潟市 KYさん 25歳
私は来年司法試験を目指して学習に専念しようと考えていますが、二つ悩みがあります。勉強するときいまいち集中力に欠けてしまうことと、若くして禿げているため女性に距離を持たれてしまうことです。また、この悩みを母も良く知っていて、気に病んでいる私を見て悩んでいてくれました。
秋のある日、母の姉の紹介でスペースアカシャ(整体玄震)を紹介され、この2つの悩みが同時に解決したことに驚いています。整体は全身を見てくれるのですが、集中的に頭部を整体。頭蓋骨がいびつなのは自分でも知っていましたが、丸くできるとは思ってもみませんでした。また、ハーブの特性トニックを付けながらの頭皮マッサージも本当に気持ち良く1回の整体で目や鼻、頭など顔中がスッキリとした自分に驚きました。毎日ハーブトニックで自分でもマッサージするようにと言われて3本程買い求め、新潟に向かいました。
2ヵ月後、お正月休みに帰京の時に再度整体を受けようと計画を立てていたのですが、それが待ち切れないほどうれしい状態になりました。頭にしっかりとした毛が生えてきているのです。産毛ではありません。集中力も出てきて、学習に意欲や受験に向かっての闘志も沸いてきます。なんだか性格も明るく積極的になれたようです。本当にうれしい。
早く頭を母やみんなに見せたい。そんなはやる気持ちを抑えてお正月休みを待ったのを思い出します。

鼠蹊部ヘルニア
台東区 O.Tさん 60歳
毎月一回、目帰りの観音巡礼に参加してはや3年、カメラが趣味であちこちを旅をしながら場面場面を切り取って歩いてきた。
第4日曜が巡礼なのだが、鼠蹊部からいわゆる脱腸と言われる症状がおきて、入院手術という段取りになった。手術を前に巡礼はきついし、準備もあるので明日の巡礼は休ませて欲しいと愚堂先生に電話をした。
巡礼の前目の土曜目、本当は明日の日曜目に入院なのだが、入院しても医者がいないのだから月曜の朝来ればよろしいと言われたのだそうだ。
「これは手術しなくてもいいように観音様が計らってくれたのかも知れませんよ。とにかくすぐ来て見てください。」
半信半疑ではあるが整体を受けることにした。脱腸は脱肛や静脈瘤、内臓下垂などと同じで筋肉に引き締める力が無くなってできる症状で、年齢の間題と同時に栄養失調の可能性もあると説明があった。良く分からなかったのだが結果だけははっきり分かった。脱腸は跡形もなくなり引っ込んでしまったのだ。つぎの日、巡礼の朝も大丈夫。病院はキャンセルをしていつものように巡礼に出掛けることにした。1回の施術で完治するとはまことに不思議であった。

胃下垂と猫背
埼玉県上尾市 P.Tさん23歳
整体玄震で手のひらの多汗症・手の震えが止まった小笠原さんの紹介で来院された。肩こり、体型が痩せ型で猫背。ご飯を食べると下腹がぷっくり。こんな体は胃下垂と言われるが私がそれにぴったり。
整体の直接の原因は腰痛だったのですが、ほとんど何も話をしないうちに「ご飯たべてる?」という突然の質問。「え!えェェ」ととまどいながら一人住まいなのできちんと栄養を取っていないことを答えはじめた。
朝は食べたり食べなかったり。昼はマクドナルド、夜はコンビニの「スパ王」、飲み物は午後の紅茶と決めているいう食生活。
念のため体脂肪率を測定してみるとは案の定、体重も少ないうえに体脂肪率は30%近い。
(通常女性は20〜25%が良いとされる)つまり極端に筋肉が無いということになる。
これでは通常の生活すら辛いだろうと推測出来る。
こんな症状で来院された場合、胃下垂を上げたりすること自体は簡単なのですが、体力筋力がこれ程までに落ち込むと、自力で胃下垂を上に保っている力が無い。だからすぐまた落ちてしまうだろうと思われる。だから、効率よく元気になってもらうためには費用がかさんでも栄養素を取り入れてもらうことを勧める。しかし、現代人の多くがそんな生活なので自分は普通と思い込み自分の健康状態に疑問を持たないので困る。
そこで栄養素が不足した栄養失調であることに気づいてもらい、食べると太るという異常なこだわりというか洗脳を取り除く、カロリーを摂取することと栄養を取ることとの混同を整理する。など結構カウンセリングが大変なのです。
整体はお腹を中心に手のひらで静かに抑えたり、ふくらはぎを揺すったりと猫背とどのように関係があるか分からないような施術でしたが、ほんの短時間で横隔膜が暖かくなり、姿勢も良くなったのです。

手のひらの多汗症と小刻みな震え
上尾市 O.Yさん 34歳
私はある化粧品メーカーの販売員をしていまして、お客様にメイクをしたりする仕事だったのですが、ある日から伝票がビショビショになるほど手に汗をかくようになったのです。
そして、小刻みに震える指先に仕事をやめざるを得ませんでした。そんなとき知人が、「整体玄震のプロ向けの講座を受けた感想でここなら貴方を治せるだろう」と言って勧めてくれました。
実は手のひらも足の裏も汗びっしょり。全身が硬直して人生の今後が真暗闇な思いなのでした。治るものなら何でもするどこへでも行くと、すがる思いで電車を乗り継ぎ2時間かけて竹ノ塚にたどり着いた。「遠い。これで病院のように5分だったら怒るで」という気持ちでドアーをノック。「ハーイ」なんだか家族を迎え入れてくれるような、やさしい雰囲気である。
問診を受けて真っ先に始まったのが頭の矯正です。頭を手のひらで包み込むようなしぐさで力を加えるわけでもないのに、頭の一部が押されているような感じで、それが頭の芯まで届き、やがてジーンとした暖かい感触が頭全体を包み夢うつつの境地に落ちる。それがなんとも心地よい。
十数分くらいにも思えるし2時間位のようにも思える時が経過。先生が手のひらを触ると汗が止まり、さらっとした手のひらになっていた。
「原因は」と質問すると頭をこれだけ締め付ける硬直だから、かなり強い、しかも継続したストレス、例えばいじめにあった経験などのこころ当たりは無いかと聞かれた。
「あ、歯の矯正」とピンと来た。歯並びを良くしたいと成人してから3年以上も針金で締め付けていたが頭痛に耐え切れず外してもらったのが去年。頭痛が激しさを増したのと手のひらからの汗が出始めたの同じ時期だったのです。心とからだが「ホッ」とし、縛られていた何かから解き放たれる瞬聞を噛みしめた。

40肩・50肩
寄稿 春日部市 O.J様 62歳
年末の11月頃、知人がOリングを使いながら治療する整体院にかかつていて謂子が悪くなったらそこへ行けば良いという安心感があるという話を聞いた。私もかつてものの本で読んだりしてOリングには興味があって、機会があれば詳しく話を聞きたいと思っていた。
自分も日ごろ健康について指導的な話をする立場にあったので、格好悪いと思ったけれども、知人に「連れてって」と頼んだ。実は重たいテーブルをひとりで動かし、痛めたらしく50肩で、右腕が上がず、左手でお腹に右手を押し付けている格好以外痛くて耐えられないほどの激痛が襲った。連れてっては「助けて」の意味。
12月19日(祭)の日に西船橋の鈴木さんに竹ノ塚まで連れて行ってもらった。祭日だが急患いうことで快く診てくれた。
先生は迷う事なくOリングを使い脇腹から腕にかけて施術ポイントを探しゆっくりと腕を押し上げるように整体してくれた。一回押すごとに痛みが軽くなって行く。ジワッ。ジワッ。ジワッ。2時間があっと言う間に経過した。なんと、腕が肩まで上がるではありませんか。うれしい。
「連日来てもいいですか。」「やり過ぎということはありませんか。」と立て続けに質問すると、一回に出来る限界はありますが連日の来店はかまいません。今年中に腕が上がるようにしましょう。」と言ってくれた。
果たして…3日後、ほとんど痛みは消え、自覚症状がないまでこぎつけました。心よりありがたく思い、今後気を付けることを質問すると加齢によって筋肉に力が無く、肩のある運動が足りない事が原因です。したがって栄養素を満たすための健康食品と50肩予防の体操を教わりました。
お正月に腕が上がる。わが家は来客の多い家。女にとって家事が出来るほどうれしいことはありません。お正月に尋ねてこられた人、一人一人に自分の50肩の経験を語り、本当に困ったときは紹介するからスペースアカシャ(整体玄震)を紹介するので私を頼って欲しいと宣伝したものです。
今では主人が微小脳梗塞がレントゲンに写るので気掛かりというので、御願いをしています。頭の形が歪んでいるのだそうです。連日のマージャン・飲み会で不摂生の日々を助けてもらっていると思う。整体室から主人が出てくると、まるで別人のようにどす黒い顔が白くなり、目鼻をパッチリと明け、「すごく頭がスッキリした」と言う。感謝。

ぎっくり腰
西船橋市 S.T様 60歳
整体玄震を知ったのは、先生が愚堂会という巡礼の会を組織し、先達をしておられたからだ。巡礼に出掛けると足が痛い、膝が痛いなどと訴えがあり、そうした会員さんを昼休みのわずかな時間で歩けるように整体しておられる姿を診ていた。
ある日孫の子守をしていたときのこと、腰に激痛が走った。普通だと救急車を頼むのだろうが、そのときはなぜか、玄震のことしか頭に浮かばず、息子に帰ってこさせ車で竹ノ塚まで走らせた。
午前中に激痛が走ってから竹ノ塚まで数時間、額に脂汗をかきながら痛みに耐えに耐えた。到着して3分後、呪文のようにぶつぶつと唱えながらOリングをして何度もポイントを定め、指先でポンと軽く弾くようにたたいた。
「はい、動かしてみて」といわれ、立ち上がった。
「痛くない。先生これで終わりですか」
「そう」
短い治療であった。
「今後再発しないよう、ハーブオイルマッサージをして筋肉に栄養を与えておきましょう。」天国のような気持ち良さである。そして、その気持ち良さの中に自分が無理をして生活をしていたことをしみじみと感じ、今後は孫の子守のし方も考えて無理をしないこと、筋肉に栄養を与えることなどを肝に銘じた。
玄関を出ると息子が車で待っていてくれた。普通に歩いている様子を見て心の底から驚き、そして一緒に喜んでくれた。

足の痺れ
茨城県水海道市 N.Aさん 42歳
腰の痛みと足が痺れて立っている事が出来ず、病院に行くと鎮痛剤を出してくれるだけ。そして、そのときだけ痛みが治まるだけで、腰痛、足の痺れが治ったわけではなく再び立っていることすら困難な日々。どうせまた病院に行っても鎮痛剤だろうと思い、同じことの繰り返しに今後の人生をどう生きようか、考え込んでしまう日もあった。
そんなとき、職場の向かいの人が何十年も腰が悪く痛そうにしていたのが、最近少し元気になっている様子を見て、どんなところに通っているのか紹介して欲しいと頼んだ。
3日と明けず丁寧な整体が続いた。半年ぐらい経過すると腰の痛みは随分軽くなり、希望が持てたがどうしても足のふくらはぎに痺れが残る。止む無し。そんなことを考えていたある日、先生から栄養素療法を行おうという提案があった。隠れ肥満の解消を同時に行う「耳つぼダイエット」を行うこととなった。身長・体重は標準であるが体脂肪が多かったのである。
食事がいいかげんだったことは思い当たる節がある。体調が優れず食欲が無い日はアイスクリームだけで昼食を済ますとか、ほとんど毎目ラーメンを食べているなどである。
「耳つぼダイエット」を初めて10日程たった時、確実に足の痺れが消えて行くのがわかった。これはいけると思った。3ケ月経過したころには仕事で走ることも難無く出来るようになった。そのころから、スペースアカシャのスタジオで苦手だったエアロビクスなどの運動までも行うまでになったのだ。
スペースアカシャ(整体玄震)とは1年近い患者としてのお付き合いでしたが、今後は健康維持のため、遊びを兼ねてエクササイズをしたり、いつの間にか準スタッフとして手伝わされたりして楽しんでいる。

ケロイド皮膚
千葉県市川市 O.Yさん 5歳
スペースアカシャ(整体玄震)とは巡礼の旅行会に参加したことから始まった。先生は愚堂という僧籍名があって、それで愚堂会という名前だったのだそうだけれどオウムのニュースがまだ新しいころだったので緊張していた。そっと電話をして様子を聞いてみようと電話をしたとき、電話口の向こうに「あ! この人なら大丈夫という不安感を消す何かを感じた。」
巡礼でお会いする回数が増えるにつれ、旅の途中で整体をしている姿をみて「知人を紹介しつつ、みんなが健康になるといいなあ」と思うようになった。
人柄などはわかったつもりでしたが、腰が痛くなった事がきっかけに他人に紹介する前に自分が整体のお世話になることにした。
「背中を診ながら、こういう格好のこりがあるけどお習字かなんかしてます?」
この質問は「ピンポーン」だった。展覧会が先週あって大きめの作品を書き上げたばかりであった。
腹部のマッサージをしている時、10センチ四方もあるやけどの跡を発見された。
「どうしたのこれ。」
「実はね、子供のころとおなかのやけどをしたの。」
「もう少しきれいになるかもよ」
「もういいの。そんな、無理ですよ」
こんなやり取りを無視して先生はハーブオイルにエッセンスを調合しながらマッサージを始めた。
「おなかって結構、筋肉がこっていて痛いもんだ」と初めて知った。やがて、お腹全体が柔らかくそしてみぞおち当たりが暖かくなって眠気が襲ってきたころ「はい。きょうはここまで。」
いいところなのにと思いつつ腹部を見ると、黒くシミのようになっていたケロイド状の部分が消え、皮膚が明るくなっていた。うれしい。腰を動かして見ると軽い軽い。
何度か回数を重ねるとどんどんときれいになる。もう一人同じくやけど跡のケロイド皮膚で悩む友人を紹介した。やはりきれいになった。整体玄震の施術は本当に効果が有って、多くの友人を紹介出来ると確信した。
その目以来、長年苦しんでいる人々を1O数名紹介しのですが、9割り以上が良い結果が出て喜ばれ、また友達の輪が広がりました。巡礼が取り持つ素敵な出会いに感謝。

膝の痛み
川口市上青木西 田嶋史子様 70歳
娘時代にソフトボールなど激しいスポーツをして膝を痛め、それがもとで35歳のとき両足半月板の除去手術をした。とりあえずの痛みは無くなりったものの、そのときお医者さんから言われた一言が心に残っていた。
「年をとったら歩けなくなるかも知れませんよ。両足ですので、片足の手術の人より早いかも知れません。」ショックである。
それから25年、膝に爆弾を抱えているような不安が襲い、スポーツクラブの門をたたいた。そこで出会ったのがエアロビクスのインストラクターでスペースアカシャのスタッフでもある鳥海先生であった。膝のショックを和らげるのにこの靴にしなさいとか細かくめんどうをみてくれた。いい先生に巡り会えたことと、値段の張る靴を買ったらもったいなくて途中でやめる分けには行かないと言う気持ちで10年続いた。運動のお陰で筋肉を鍛えることが出来、膝が痛まずに今日まで来れたことがうれしかった。
ある日、右膝に痛みが走った。歩くのもおぼつかない。あの手術のときの先生の言葉が頭をよぎる。もう年齢は70歳。ついにその日が来た。このままどんどん膝は悪くなって行くのだろう。悲しみが込み上げる日々。そんな暗い1ケ月が経過したある日、鳥海先生から「そろそろ中国へ行くんじゃ無いの? うちの整体の先生に見てもらうと楽になると思うよ。」耳を疑った。
「本当に」「でも少しでも軽くなればいいか」そんな気持ちで予約を取ってもらった。
当日、整体が始まって大して触れてもいないのに、ものの5分もしないで膝の痛みが無い。
「あれ?痛くない」すると先生が「なにをキツネにつままれたような顔をしてるんです?」と言われる。
続いて「指の先が揮れるんです。」というと「あっそう」と言いながら腕をもって少し包むように押されるとまた痛みが消える。
「先生、キツネが一杯いるんじゃないですか。」
一同大笑いで、楽しい整体室となった。
「膝の調子はすばらしく、あの深刻になったころがウソのようです。丁寧な整体にありがたい気持ちで一杯。今までの人生で一杯ありがたいことはあったけれどもおおっきいありがとうなんです。」
困ったときにあそこに行けば何とかなると思えるようになってとっても安心。」と娘に話すと
「何を考えとるん」と笑われた。

いびきと無呼吸症
寄稿 松戸市在住 小林喜一様 男性
新幹線の運転手が神戸の方で運転中に居眠り、駅ではないところで停車し車掌に起こされるという事件が新聞を賑わした。
「あなた、この記事と同じ症状よ。」と妻がヒステリックに声を張り上げて私を説得する。すこし間があると眠ってしまうし、夜は眠るといびきがひどい。そしてかなり頻繁の無呼吸症状が起きるという。しかし、自分では眠い自覚が無いのが困る。
「眠ってないって」
「いいえ。眠ってます。」
家の中でうたた寝なら間題は無いのだが、それが車の運転中だったりすると最悪の事態になることも予想される。車では隣で奥さんが一生懸命起こし、道路の路肩に寄せて一休みというパターンである。
「とにかく、今日は私の整体が終わったら病院に行きましょう。とにかく大きい総合病院に行って専門医がいるかどうか確かめて相談しましょう。」という妻の言葉にしぶしぶ「そうかい」といって行く決意をした。
妻が整体を受けている間待合室でうたた寝をしていると、「となりのベットが空いているから一緒にどうぞ。」と言われた。妻が相談したら「治る」とのこと。
「頭蓋骨の縫合が緩んでいて溝のような谷が出来ている。触ってごらん。」と言われる。なるほどそんな感じ。妻にも触らせると本当だといってはしゃいでいる。
「これをこれから締めるから。」と言う。「頭蓋骨を締めるなんて出来るのだろうか。」「痛くはないだろうか」などと考えていたら、両手で頭を包むようにして、部分的に軽い圧迫が加わった。
「ああ、気持ちがいい。特別の幸せな眠りに落ちそうだ」
次に目が覚めたのは「あなた、いびきかいて無かったわよ」という妻の声だった。起きると目と頭がスッキリしている。これならいける。
整体は頭の調整を中心に数回行われた。10日後には「眠い」という自覚ができるようになり、やがて、のべつ幕無しにおそう眠さもなくなり、最近は安心して一人で車にも乗れるようになった。

奇跡を見た。
寄稿者 足立区 小林美代子様 66歳
奇跡としか言いようのないことが目の前に現出したのは、リュウマチという、病気にかかり、手足に不自由を抱えながらも明るく旅行をしている一団にボランティアとして介添役で参加した時の事でした。
第一日目吃驚の連続する旅でした。バスに簡易洋式便器が積みこまれ、車椅子の介添えと共に重要な仕事の一つに、トイレのお世話があることでした。今から15年ほど前は洋トイレや障害者用トイレは、観光地に非常に少なく、普及されていませんでした。そこで最初に添乗員に指示された介添えの仕事の内容は、見学場所に着いたらすぐにトイレを確認し、洋式トイレがない場合は、簡易便器を設置しお世話して欲しいということでした。お嵐呂の介添えをした時の衡撃は今でも鮮やかに思い出します。
手術で切り刻まれた関節は、金属で固定されたり、無残に大きく切り開かれた傷跡等や、ステロイド副作用より手足は大きく変形上ていて自由に折り曲げる事が出来ないのでした。そのため二人掛かりでお世話をしなければ入浴させることができません。私は湯船の入り、抱きかかえられてお風呂に入ってくる人を受け止め入浴させます。その間湯船に浸かり続けること1時間余、失神寸前になりながらも、お風呂に入るのは一年ぶりと喜んでくれる人の言葉に励まされ介添えをしていました。リューマチは「痛い病気」という認識しかなかった私には、これまの病気の認識を遥かに超えるものでした。これらの症状は大なり小なり、殆どの方に現れている症状でした。
4泊5日で巡る札幌と小樽周辺の観光ですので、健常者から見れば非常にゆったりとしたコースでも、傷害を抱えた人にとっては厳しく、途中で痛みを訴える人や歩けなくなる人、体調を崩す人が続出するのです。そのつど先生は旅の途中のわずかな見学時間や昼食の時間を利用して治療を施し、更には旅館到着後や夕食の後、夜遅くまで丁寧に治療に当たっていました。その治療を受けた方が、翌日何事もなかったかのように旅行を続ける姿に驚きを覚えたものです。
千歳空港に降り立ち、バスに乗って出発する時のバスガイドさんの第一声は、これから始まる未知へのたびの入り口です。そんなガイドさんの挨拶は「すみません。少し風邪気味ですので、お聞き苦しいかも知れません。」で始まりました。正に風邪声ではありましたが、そんなに聞き苦しいこともなく、移り行く景色に被さるガイドさんの案内は、特段の違和感もなく一日目を終了しました。
二日目の朝、喉が痛く声を出すのが大変というガイドさんに「ちょっと治療してみよう」と言って胸(胸腺というツボ)を触り、じっと胸元を見つめる先生に「こんな治療で治るのかしら」と思っていたといいます。
数分たって「本格治療は夜やるとして、取り合えず、声を出してごらん。」という先生の声に、半信半疑声を出してみると先程までと打って変わって、楽に声が出来るようになってびっくりしたといいます。
三日目の朝になると、昨晩の本格治療で、声が元通りになり感激したガイドさんが、真剣な顔で「私の友達で医者に見離され、原因不明の病気で歩行も困難な仲間がいるのですが、先生に診てもらえないでしようか。」とおずおずと切り出してきた。この二日間で、何度か整体で元気を回復する人々を目の当りにし、自分自身の声も治ったという不思議体験をしたガイドさんは、もしかしたら友人の病を治せるのではないと思い先生に闘いて欲しいと相談があった。
先生に伝えると簡単に「やってみましょう」と請合ってくださったが、現代医療に見放された病気を治すことかできるとは、信じられないことであった。
約束の夕方になったが、その人は現われない。ガイドさんが電話で確認すると母親が出て、娘が頷かないのでもう少し待って欲しいとの返事であったという。後に涙ながらに語った母親の言葉から、改めて医療の諸問題を考えさせられることとなった。病気に良いと聞けば、どんな所にも出かけ、東京の病院を始め現代医療の最先端や神経内科、東洋医学に祈祷師等と必死に娘さんの治療に通うが、治る見込みはなく、最近はワラにも縋りたい気持ちであったという。万に一つの望みかもれないが、ガイドの言葉が耳を離れなく、必死に娘さんを説得したと言う。やっと説得に応じた娘さんが父親運転する車で小樽のホテルに訪れたのは夜も遅くなってからでした。
その間、もう来ないかも知れないとビールを飲むのを見て、不謹慎だと思いながらも言えないで重苦しい空気の中で待つことになった。
母親に抱きかかえて来た娘さんは。、歩く事が出来ない状態ですぐ崩れこ、うがいしても水を飲み込んで吐くことが出来ない等、素人目に見ても大変な冶療を引き受けて大丈夫かしらと思っていた。
治療は10時過ぎに開始された。治療が始ると同じバス会社の同僚も加わって20人ほどの人の見守る中で治療が始った。「ここに力を入れて」「息を抜いて」「ここだよね、ここだよね」「わかるよ、辛かったよね。」等と指圧しながら語りかけを繰り返し繰り返しなされ、一時間程たった頃、俄かには信じられないことが起こった。母親の感嘆と嬉し涙の号泣に始まり、同僚であったガイドさん達の顔が感動の涙でくしゃくしゃになっているのを見た。「もう一度立ってみろ」「しゃがめ」自分の娘のように喜ぶ運転手さんがあった。歓喜の渦が部屋中に溢れる中、笑顔で立って歩く娘さんがいた。このときばかりは奇跡が起きたことを確信した。
現代医療、脳波・レントゲン・生理機能検査・血液検査など数値化を重視し患者が発する訴えや叫び、苦しみに向き合うことなく、原因不明と片付ける医師に心を閉ざし、身も心もずたずたにされた患者さんの姿を見たと思う。
お互いの信頼関係が構築されれば奇跡が起きる事を目前で見ることが出来たという、このまぎれもない事実に遭遇出来たのは嬉しい限りです。
うつ病
上尾市 O.Yさん 34歳
私はある化粧品メーカーの販売員をしていまして、お客様にメイクをしたりする仕事だったのですが、ある日から伝票がビショビショになるほど手に汗をかくようになったのです。
そして、小刻みに震える指先に仕事をやめざるを得ませんでした。そんなとき知人が、「整体玄震のプロ向けの講座を受けた感想でここなら貴方を治せるだろう」と言って勧めてくれました。
実は手のひらも足の裏も汗びっしょり。全身が硬直して人生の今後が真暗闇な思いなのでした。治るものなら何でもするどこへでも行くと、すがる思いで電車を乗り継ぎ2時間かけて竹ノ塚にたどり着いた。「遠い。これで病院のように5分だったら怒るで」という気持ちでドアーをノック。「ハーイ」なんだか家族を迎え入れてくれるような、やさしい雰囲気である。
問診を受けて真っ先に始まったのが頭の矯正です。頭を手のひらで包み込むようなしぐさで力を加えるわけでもないのに、頭の一部が押されているような感じで、それが頭の芯まで届き、やがてジーンとした暖かい感触が頭全体を包み夢うつつの境地に落ちる。それがなんとも心地よい。
十数分くらいにも思えるし2時間位のようにも思える時が経過。先生が手のひらを触ると汗が止まり、さらっとした手のひらになっていた。
「原因は」と質問すると頭をこれだけ締め付ける硬直だから、かなり強い、しかも継続したストレス、例えばいじめにあった経験などのこころ当たりは無いかと聞かれた。
「あ、歯の矯正」とピンと来た。歯並びを良くしたいと成人してから3年以上も針金で締め付けていたが頭痛に耐え切れず外してもらったのが去年。頭痛が激しさを増したのと手のひらからの汗が出始めたの同じ時期だったのです。心とからだが「ホッ」とし、縛られていた何かから解き放たれる瞬聞を噛みしめた。

40肩・50肩
寄稿 春日部市 O.J様 62歳
年末の11月頃、知人がOリングを使いながら治療する整体院にかかつていて謂子が悪くなったらそこへ行けば良いという安心感があるという話を聞いた。私もかつてものの本で読んだりしてOリングには興味があって、機会があれば詳しく話を聞きたいと思っていた。
自分も日ごろ健康について指導的な話をする立場にあったので、格好悪いと思ったけれども、知人に「連れてって」と頼んだ。実は重たいテーブルをひとりで動かし、痛めたらしく50肩で、右腕が上がず、左手でお腹に右手を押し付けている格好以外痛くて耐えられないほどの激痛が襲った。連れてっては「助けて」の意味。
12月19日(祭)の日に西船橋の鈴木さんに竹ノ塚まで連れて行ってもらった。祭日だが急患いうことで快く診てくれた。
先生は迷う事なくOリングを使い脇腹から腕にかけて施術ポイントを探しゆっくりと腕を押し上げるように整体してくれた。一回押すごとに痛みが軽くなって行く。ジワッ。ジワッ。ジワッ。2時間があっと言う間に経過した。なんと、腕が肩まで上がるではありませんか。うれしい。
「連日来てもいいですか。」「やり過ぎということはありませんか。」と立て続けに質問すると、一回に出来る限界はありますが連日の来店はかまいません。今年中に腕が上がるようにしましょう。」と言ってくれた。
果たして…3日後、ほとんど痛みは消え、自覚症状がないまでこぎつけました。心よりありがたく思い、今後気を付けることを質問すると加齢によって筋肉に力が無く、肩のある運動が足りない事が原因です。したがって栄養素を満たすための健康食品と50肩予防の体操を教わりました。
お正月に腕が上がる。わが家は来客の多い家。女にとって家事が出来るほどうれしいことはありません。お正月に尋ねてこられた人、一人一人に自分の50肩の経験を語り、本当に困ったときは紹介するからスペースアカシャ(整体玄震)を紹介するので私を頼って欲しいと宣伝したものです。
今では主人が微小脳梗塞がレントゲンに写るので気掛かりというので、御願いをしています。頭の形が歪んでいるのだそうです。連日のマージャン・飲み会で不摂生の日々を助けてもらっていると思う。整体室から主人が出てくると、まるで別人のようにどす黒い顔が白くなり、目鼻をパッチリと明け、「すごく頭がスッキリした」と言う。感謝。

ぎっくり腰
西船橋市 S.T様 60歳
整体玄震を知ったのは、先生が愚堂会という巡礼の会を組織し、先達をしておられたからだ。巡礼に出掛けると足が痛い、膝が痛いなどと訴えがあり、そうした会員さんを昼休みのわずかな時間で歩けるように整体しておられる姿を診ていた。
ある日孫の子守をしていたときのこと、腰に激痛が走った。普通だと救急車を頼むのだろうが、そのときはなぜか、玄震のことしか頭に浮かばず、息子に帰ってこさせ車で竹ノ塚まで走らせた。
午前中に激痛が走ってから竹ノ塚まで数時間、額に脂汗をかきながら痛みに耐えに耐えた。到着して3分後、呪文のようにぶつぶつと唱えながらOリングをして何度もポイントを定め、指先でポンと軽く弾くようにたたいた。
「はい、動かしてみて」といわれ、立ち上がった。
「痛くない。先生これで終わりですか」
「そう」
短い治療であった。
「今後再発しないよう、ハーブオイルマッサージをして筋肉に栄養を与えておきましょう。」天国のような気持ち良さである。そして、その気持ち良さの中に自分が無理をして生活をしていたことをしみじみと感じ、今後は孫の子守のし方も考えて無理をしないこと、筋肉に栄養を与えることなどを肝に銘じた。
玄関を出ると息子が車で待っていてくれた。普通に歩いている様子を見て心の底から驚き、そして一緒に喜んでくれた。

足の痺れ
茨城県水海道市 N.Aさん 42歳
腰の痛みと足が痺れて立っている事が出来ず、病院に行くと鎮痛剤を出してくれるだけ。そして、そのときだけ痛みが治まるだけで、腰痛、足の痺れが治ったわけではなく再び立っていることすら困難な日々。どうせまた病院に行っても鎮痛剤だろうと思い、同じことの繰り返しに今後の人生をどう生きようか、考え込んでしまう日もあった。
そんなとき、職場の向かいの人が何十年も腰が悪く痛そうにしていたのが、最近少し元気になっている様子を見て、どんなところに通っているのか紹介して欲しいと頼んだ。
3日と明けず丁寧な整体が続いた。半年ぐらい経過すると腰の痛みは随分軽くなり、希望が持てたがどうしても足のふくらはぎに痺れが残る。止む無し。そんなことを考えていたある日、先生から栄養素療法を行おうという提案があった。隠れ肥満の解消を同時に行う「耳つぼダイエット」を行うこととなった。身長・体重は標準であるが体脂肪が多かったのである。
食事がいいかげんだったことは思い当たる節がある。体調が優れず食欲が無い日はアイスクリームだけで昼食を済ますとか、ほとんど毎目ラーメンを食べているなどである。
「耳つぼダイエット」を初めて10日程たった時、確実に足の痺れが消えて行くのがわかった。これはいけると思った。3ケ月経過したころには仕事で走ることも難無く出来るようになった。そのころから、スペースアカシャのスタジオで苦手だったエアロビクスなどの運動までも行うまでになったのだ。
スペースアカシャ(整体玄震)とは1年近い患者としてのお付き合いでしたが、今後は健康維持のため、遊びを兼ねてエクササイズをしたり、いつの間にか準スタッフとして手伝わされたりして楽しんでいる。

ケロイド皮膚
千葉県市川市 O.Yさん 5歳
スペースアカシャ(整体玄震)とは巡礼の旅行会に参加したことから始まった。先生は愚堂という僧籍名があって、それで愚堂会という名前だったのだそうだけれどオウムのニュースがまだ新しいころだったので緊張していた。そっと電話をして様子を聞いてみようと電話をしたとき、電話口の向こうに「あ! この人なら大丈夫という不安感を消す何かを感じた。」
巡礼でお会いする回数が増えるにつれ、旅の途中で整体をしている姿をみて「知人を紹介しつつ、みんなが健康になるといいなあ」と思うようになった。
人柄などはわかったつもりでしたが、腰が痛くなった事がきっかけに他人に紹介する前に自分が整体のお世話になることにした。
「背中を診ながら、こういう格好のこりがあるけどお習字かなんかしてます?」
この質問は「ピンポーン」だった。展覧会が先週あって大きめの作品を書き上げたばかりであった。
腹部のマッサージをしている時、10センチ四方もあるやけどの跡を発見された。
「どうしたのこれ。」
「実はね、子供のころとおなかのやけどをしたの。」
「もう少しきれいになるかもよ」
「もういいの。そんな、無理ですよ」
こんなやり取りを無視して先生はハーブオイルにエッセンスを調合しながらマッサージを始めた。
「おなかって結構、筋肉がこっていて痛いもんだ」と初めて知った。やがて、お腹全体が柔らかくそしてみぞおち当たりが暖かくなって眠気が襲ってきたころ「はい。きょうはここまで。」
いいところなのにと思いつつ腹部を見ると、黒くシミのようになっていたケロイド状の部分が消え、皮膚が明るくなっていた。うれしい。腰を動かして見ると軽い軽い。
何度か回数を重ねるとどんどんときれいになる。もう一人同じくやけど跡のケロイド皮膚で悩む友人を紹介した。やはりきれいになった。整体玄震の施術は本当に効果が有って、多くの友人を紹介出来ると確信した。
その目以来、長年苦しんでいる人々を1O数名紹介しのですが、9割り以上が良い結果が出て喜ばれ、また友達の輪が広がりました。巡礼が取り持つ素敵な出会いに感謝。

膝の痛み
川口市上青木西 田嶋史子様 70歳
娘時代にソフトボールなど激しいスポーツをして膝を痛め、それがもとで35歳のとき両足半月板の除去手術をした。とりあえずの痛みは無くなりったものの、そのときお医者さんから言われた一言が心に残っていた。
「年をとったら歩けなくなるかも知れませんよ。両足ですので、片足の手術の人より早いかも知れません。」ショックである。
それから25年、膝に爆弾を抱えているような不安が襲い、スポーツクラブの門をたたいた。そこで出会ったのがエアロビクスのインストラクターでスペースアカシャのスタッフでもある鳥海先生であった。膝のショックを和らげるのにこの靴にしなさいとか細かくめんどうをみてくれた。いい先生に巡り会えたことと、値段の張る靴を買ったらもったいなくて途中でやめる分けには行かないと言う気持ちで10年続いた。運動のお陰で筋肉を鍛えることが出来、膝が痛まずに今日まで来れたことがうれしかった。
ある日、右膝に痛みが走った。歩くのもおぼつかない。あの手術のときの先生の言葉が頭をよぎる。もう年齢は70歳。ついにその日が来た。このままどんどん膝は悪くなって行くのだろう。悲しみが込み上げる日々。そんな暗い1ケ月が経過したある日、鳥海先生から「そろそろ中国へ行くんじゃ無いの? うちの整体の先生に見てもらうと楽になると思うよ。」耳を疑った。
「本当に」「でも少しでも軽くなればいいか」そんな気持ちで予約を取ってもらった。
当日、整体が始まって大して触れてもいないのに、ものの5分もしないで膝の痛みが無い。
「あれ?痛くない」すると先生が「なにをキツネにつままれたような顔をしてるんです?」と言われる。
続いて「指の先が揮れるんです。」というと「あっそう」と言いながら腕をもって少し包むように押されるとまた痛みが消える。
「先生、キツネが一杯いるんじゃないですか。」
一同大笑いで、楽しい整体室となった。
「膝の調子はすばらしく、あの深刻になったころがウソのようです。丁寧な整体にありがたい気持ちで一杯。今までの人生で一杯ありがたいことはあったけれどもおおっきいありがとうなんです。」
困ったときにあそこに行けば何とかなると思えるようになってとっても安心。」と娘に話すと
「何を考えとるん」と笑われた。

いびきと無呼吸症
寄稿 松戸市在住 小林喜一様 男性
新幹線の運転手が神戸の方で運転中に居眠り、駅ではないところで停車し車掌に起こされるという事件が新聞を賑わした。
「あなた、この記事と同じ症状よ。」と妻がヒステリックに声を張り上げて私を説得する。すこし間があると眠ってしまうし、夜は眠るといびきがひどい。そしてかなり頻繁の無呼吸症状が起きるという。しかし、自分では眠い自覚が無いのが困る。
「眠ってないって」
「いいえ。眠ってます。」
家の中でうたた寝なら間題は無いのだが、それが車の運転中だったりすると最悪の事態になることも予想される。車では隣で奥さんが一生懸命起こし、道路の路肩に寄せて一休みというパターンである。
「とにかく、今日は私の整体が終わったら病院に行きましょう。とにかく大きい総合病院に行って専門医がいるかどうか確かめて相談しましょう。」という妻の言葉にしぶしぶ「そうかい」といって行く決意をした。
妻が整体を受けている間待合室でうたた寝をしていると、「となりのベットが空いているから一緒にどうぞ。」と言われた。妻が相談したら「治る」とのこと。
「頭蓋骨の縫合が緩んでいて溝のような谷が出来ている。触ってごらん。」と言われる。なるほどそんな感じ。妻にも触らせると本当だといってはしゃいでいる。
「これをこれから締めるから。」と言う。「頭蓋骨を締めるなんて出来るのだろうか。」「痛くはないだろうか」などと考えていたら、両手で頭を包むようにして、部分的に軽い圧迫が加わった。
「ああ、気持ちがいい。特別の幸せな眠りに落ちそうだ」
次に目が覚めたのは「あなた、いびきかいて無かったわよ」という妻の声だった。起きると目と頭がスッキリしている。これならいける。
整体は頭の調整を中心に数回行われた。10日後には「眠い」という自覚ができるようになり、やがて、のべつ幕無しにおそう眠さもなくなり、最近は安心して一人で車にも乗れるようになった。

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